上腹部痛
上腹部痛とは
腹部の痛みはいろいろな原因で起こります。上腹部の痛みを起こす病気には、胃や十二指腸、大腸など消化管の病気や、胆嚢や膵臓などの消化器疾患が多いものの、尿管結石や帯状疱疹、心筋梗塞などの消化器以外の病気でも上腹部の痛みが見られることがあります。腹痛はその痛みの性状から、大まかには内臓痛と体性痛の2つに分けられます。内臓痛は内臓の動きやハリなどが内臓神経を刺激することで生じる痛みで、痛みの場所が漠然とした鈍い痛みです。また体性痛は腹膜や腸間膜に分布する知覚神経が刺激されて起こる痛みで、針で刺すような鋭い痛みで痛みの場所がはっきりしています。腹痛の診断では、上腹部の中でも、右上腹部、左上腹部、みぞおち付近、臍周囲と、痛みの出る場所に病気ごとの違いもあり、また病状経過や痛みの性状、持続時間、腹痛に付随する症状などを知ることで、腹痛の原因をある程度推定できることもあります。実際の診療では、腹痛に関するそれらの情報から原因となる病気を推定し、そのうえで血液検査やレントゲン、エコー、CTなどの画像検査、内視鏡などの必要な検査を行うことで原因となる病気を適切に診断し、それぞれの病気に対する治療を行ないます。
上腹部痛の症状と原因
上腹部痛の原因となる病気は多岐にわたり、大きく分けて、①胃や十二指腸、小腸や大腸など食物が通過する臓器である消化管の病気、②胆嚢や膵臓などの消化器の病気、③それ以外の臓器の病気の3つに分類されます。その原因疾患は、痛みの場所や性状、病状経過などにより、ある程度推定できることも多いです。腹痛はその痛みの性状から内臓痛と体性痛に大まかには分けられ、内臓痛は消化管の蠕動や炎症などが内臓神経を刺激することで生じ、痛みの場所が漠然とした鈍い痛みです。一方、体性痛は腹膜や腸間膜に分布する知覚神経が刺激されることで起こる痛みで、針で刺すような鋭い痛みで痛みの場所がはっきりしてる痛みです。一般に腹腔内の病気では内臓痛を認めることが多いものの、病気が進行して炎症が高度になり腹膜まで影響を及ぼすようになると体性痛に変ってくることもあります。また消化管や消化器の病気が痛みの原因である場合は、下痢や便通異常など腹痛以外の消化器症状を認めたり、食事摂取や排便などの行動が痛みの増減に関わる事も多いです。さらに腹痛の症状は、尿管結石や帯状疱疹、解離性大動脈瘤など、消化管や消化器疾患以外の病気によって生じることも時にあります。腹痛の診療では、腹痛の性状や場所、病状経過や病歴、痛みに付随する症状などから原因疾患を絞り込み、各種検査による適切な診断と治療が必要ですが、症状や病状経過などが典型的でない場合は時に診断に苦慮することもあります。
【みぞおち付近の痛みを起こす病気】
逆流性食道炎、食道癌、胃炎、十二指腸炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃癌、急性膵炎、膵臓癌、初期の虫垂炎、急性心筋梗塞など
【右上腹部の痛みを起こす病気】
十二指腸炎、十二指腸潰瘍、胆石、急性胆嚢炎、急性胆管炎、急性肝炎、尿管結石など
【左上腹部の痛みを起こす病気】
胃炎、胃潰瘍、急性膵炎、膵臓癌、虚血性大腸炎、尿管結石など
【臍周囲の痛みを起こす病気】
胃炎、十二指腸炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃癌、急性膵炎、膵臓癌、解離性大動脈瘤など
【腹部のどこにでも痛みを起こす病気】
感染性腸炎、大腸憩室炎、腸閉塞、大腸癌、潰瘍性大腸炎、クローン病、過敏性腸症候群、便秘症、帯状疱疹など、
①消化管の病気
●胃炎や十二指腸炎
胃の中には食物を消化するための胃酸が存在しますが、胃酸の影響などにより胃や十二指腸の粘膜が損傷される胃炎や十二指腸炎では、吐気や上腹部痛、食欲不振などの症状を認めることがあります。暴飲暴食や、ストレス、痛み止めなどの内服薬による影響などで比較的急性に起こることもあれば、ピロリ菌感染などが原因となり継続的に慢性の胃炎が持続することもあります。
●胃潰瘍や十二指腸潰瘍
胃酸による胃や十二指腸への損傷が高度な場合には、胃潰瘍や十二指腸潰瘍を生じ、上腹部痛や嘔気、食欲不振などの症状を認めます。一般的な胃潰瘍や十二指腸潰瘍では制酸剤の内服による保存的治療で改善することが多いものの、潰瘍が深くなり消化管に穴が開く穿孔を起こすと腹膜炎を生じ強い上腹部痛を認め、穿孔性の胃潰瘍や十二指腸潰瘍では外科的手術が多くの場合で必要になります。胃潰瘍や十二指腸潰瘍ではその発生にピロリ菌感染が関与していることも多く、ピロリ菌感染を伴っている場合には、再発予防や将来的な発癌予防の面でもピロリ菌に対する除菌治療が勧められます。
●逆流性食道炎
逆流性食道炎は、胃と食道の境界部を超えて胃酸が食道内に逆流することにより食道粘膜が障害され、吐き気やむかつき、上腹部の痛みなどの症状を認めます。生活習慣の改善や制酸剤の内服などの保存的な治療により症状が改善することが多いものの、難治性の場合には高度な食道裂孔ヘルニアなどの病態が関与していることもあります。
●感染性腸炎
感染性腸炎は経口から侵入した微生物による胃腸の感染症で、ウイルス性腸炎では水様性下痢と嘔吐、腹痛が主体の小腸型腸炎を認め、細菌性腸炎では大腸粘膜を損傷し血便や腹痛を認める大腸型腸炎を認めることが多いです。腹痛は上腹部のみならず、下腹部や側腹部、腹部全体の痛みとなることも多く、腸管の蠕動により痛みの程度に波のある痛みを認めます。多くの場合は十分な水分摂取と整腸剤などの内服による保存的治療で改善しますが、一部の細菌や寄生虫感染では抗生剤による治療が必要なこともあります。また、アニサキスはサバやイカなどの生食で感染する寄生虫で、胃や腸の壁に侵入すると強い腹痛や嘔気を生じることがあります。
●腸閉塞
以前に腹部の手術歴のある人は手術の影響で腸間膜に癒着を生じ、小腸の狭窄や閉塞を起こす癒着性の腸閉塞を起こすことがあります。また手術歴のない人でも、ヘルニアや腹腔内索状物などのために腸閉塞を発症することもあります。腸閉塞を起こすと小腸内に食物や消化液が滞留し排便が停止し、腹痛や腹部膨満、嘔気・嘔吐などの症状を認めます。腹痛は上腹部だけではなく、下腹部や腹部全体にも痛みを自覚することもあります。
●虚血性大腸炎
虚血性大腸炎は大腸への血流が一時的に低下することで大腸粘膜が障害され、血便や腹痛を生じる病気です。高齢者や便秘の人に発症しやすい傾向があり、トイレできばって腹圧をかけ硬い便を出した後に下腹部から左側腹部の腹痛を認め、血便や下痢を生じるといった病状経過が典型的ですが、腹圧をかけなくても発症したたり、若い人に起こることもあります。虚血性大腸炎は大腸の血流領域の境界部である下行結腸からS状結腸に好発し、左側腹部から下腹部にかけて痛みを認めることが多いです。
●大腸憩室炎
憩室とは消化管の壁の一部が外側に袋状に飛び出したもので、大腸憩室が消化管の憩室のなかでは最も頻繁に見られます。この大腸憩室に糞便などが貯留し細菌感染を起こすことで憩室炎は起こります。大腸憩室は上行結腸とS状結腸にできやすいため、憩室炎は右側腹部や左下腹部に発症しやすいものの、大腸憩室は全大腸にできる可能性はあり、上腹部でも憩室炎を起こす可能性があります。大腸憩室炎では炎症が腹膜に広がる限局性の腹膜炎を示すことが多く、ピンポイントに圧痛を認める体性痛の痛みをしばしば認めます。
●初期の虫垂炎
虫垂炎は便などが虫垂にはまり込み細菌感染をおこす病気で、一般の人にはいわゆる「盲腸」という呼び名で知られています。虫垂炎の典型的な症状は右下腹部痛ですが、虫垂炎は初期には右下腹部の痛みの症状がはっきりせず、むかつきや吐き気、内臓痛によるみぞおち付近の漠然とした軽度の腹痛しか認めないこともあり、時に診断に苦慮することがあります。虫垂炎が進行してくると、虫垂炎の炎症により右下腹部に限局性の腹膜炎の症状を認め、右下腹部に響く体性痛の痛みを認めるようになります。
●炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病)
潰瘍性大腸炎やクローン病は、人体の免疫機能の働きが関与し腸管に炎症が起こり下痢や腹痛、血便などの症状を認める病気で、若い人にも起こります。潰瘍性大腸炎では、肛門近くの直腸から口側の大腸に連続してびらんや潰瘍を認め、血便や下痢、腹痛を起こします。クローン病は食道から肛門に至る全消化管に非連続性に炎症性変化を起こす病気です。ともに特定疾患に指定されている難病であり、炎症性腸疾患が疑われる場合には内視鏡などによる精密検査を行ない適確な診断と継続した治療が必要になります。
●消化管の悪性腫瘍
胃癌や食道癌などの消化管の悪性腫瘍も上腹部痛の原因となります。進行胃癌では胃壁の進展不良や通過障害などにより、上腹部の痛みや食欲不振、嘔気などの症状を認めることがあります。胃と食道の接合部付近に発生した食道癌でも、嚥下困難や嘔気の症状とともに、上腹部痛を時に生じることがあります。また大腸癌でも、腹痛とともに腹満や嘔気、排便障害などの症状を時に起こします。悪性腫瘍が原因で腹痛などの自覚症状が出る場合には、悪性腫瘍は早期ではなく病状がある程度進行していることも多いです。
●機能的な排便異常(便秘や過敏性腸症候群)
胃腸の明らかな炎症や狭窄などの器質的な病変がないものの、胃腸の動きなどの不調により排便異常を認めることで腹痛が起こることもしばしばあります。「いわゆる便秘」である機能的な排便障害では腸管運動の低下により大腸内に便の貯留が起こることで、腹痛や腹部膨満などの症状を認めます。過敏性腸症候群では、腸管の蠕動運動がスムーズに作動しないことで慢性的に下痢や便秘、腹痛などの症状を認める病気で、不安やストレスが症状を悪化させることも多いです。
②消化器の病気
●胆石や胆嚢炎などの胆道疾患
食物中の脂肪分の消化・吸収を行う消化液である胆汁は、肝臓で生成され胆嚢に貯留されます。胆嚢内にできた胆石が胆嚢頸部や総胆管に陥頓すると、上腹部痛や背部痛、嘔吐などの症状を認めます。胆嚢は右上腹部にあるため、みぞおち付近から右上腹部に痛みを生じることが多く、典型的には脂肪分の多い食事をした後にこれらの症状を認めます。また胆石があると胆嚢や胆管に細菌感染を起こしやすく、胆嚢炎や胆管炎を起こすと上腹部痛とともに高熱も認め、敗血症を併発すると全身状態の悪化を認めることがあります。
●膵炎や膵臓癌などの膵臓疾患
膵炎は膵臓が生成する消化酵素である膵液が活性化されることで膵臓自体や内臓が膵液で消化されてしまう病気で、強い上腹部痛や背部痛、吐き気や嘔吐、発熱などを引き起こす病気です。急性膵炎の原因として最多であるのは大量飲酒によるアルコール性ですが、胆石や膵管形成異常などにより膵炎を発症することもあります。膵臓癌は進行すると上腹部痛や背部痛、吐き気、食欲不振、体重減少などの症状を認めるものの、初期にはほぼ無症状で診断に苦慮するこも多いです。
●急性肝炎などの肝臓疾患
脂肪肝や慢性肝炎、肝硬変などの慢性に進行する肝疾患では基本的には腹痛の症状が出ることはありません。ただし、急激に肝障害が進行する急性肝炎や、肝硬変に伴い貯留した腹水に細菌感染を起こした場合には、倦怠感や発熱などとともに腹痛を認めることが時にあります。また稀ではあるものの、肝臓癌の破裂では急性発症の強い上腹部痛を認めることがあります。
③消化管・消化器以外の病気
●尿管結石
尿管結石は腎臓から膀胱までの尿の通路である尿管に結石が詰まることで、腹痛や背部痛を生じる病気です。腎臓は左右の両背部にあり尿管結石の痛みは両側腹部から下腹部に発生します。かなりの激痛となることもしばしばあるものの、基本的に命にかかわることはありません。痛みが強い時には痛み止めを使用し結石が膀胱に落ちるのを待つ保存的治療を行いますが、専門の泌尿器科では難治性結石に対して体外から超音波での結石破砕術や、尿道に挿入した内視鏡からのレーザーによる結石破砕などの治療が選択されることもあります。
●帯状疱疹
以前に水疱瘡になった時に感染した水痘・帯状疱疹ウイルスは治癒後も体内の神経に潜んでいて、加齢や病気などで免疫力が低下するとウイルスが再活性化し、痛みを伴う皮疹を生じる病気が帯状疱疹です。痛みを伴う水ぶくれや発赤調の皮疹が見られれば診断は比較的容易ですが、帯状疱疹の初期には皮疹が見られず自覚症状は痛みだけのこともあり、皮疹が見られないとしばしば診断に苦慮します。帯状疱疹は体中どこでも起こる可能性があり腹部のどこにでも起こりますが、ほとんどの場合に左右どちらかに発症します。
●その他の原因による腹痛
心血管系の病気でも腹痛の原因となることがあります。心臓に血液を供給する冠動脈が閉塞することで起こる心筋梗塞では、強い胸痛や胸部圧迫感、息苦しさ、冷や汗などの症状を多くの場合に認めるものの、時に上腹部痛や嘔気を認めることもあります。また腹部大動脈などに発生した動脈瘤破裂や、動脈の内膜が避ける大動脈解離などの病気でも、突然発症の強い腹痛や背部痛を認めることがあります。
上腹部痛を起こす病気の検査と診断
上腹部痛を引き起こす病気は数多くありますが、腹痛以外の随伴症状、病状経過、腹痛の性状や場所などからある程度その原因を推定できることも多く、実際の診察ではそれらの様々な情報から原因をある程度絞り込んだうえで各種検査を行い原因疾患を特定します。上腹部痛の原因となる病気は、胃腸などの消化管の病気や、胆嚢や膵臓などの消化器の病気が原因であることが多く、一般の診療所での診察では、まずは血液検査や腹部エコーなど体への負担が比較的少ない検査が選択されます。超音波検査では気体の背後には超音波が届かず描出できず、そのため内部にゲップやおならのもとのガスを含んでいる胃腸は、エコーによる評価や診断が難しいことも多く、確定診断には内視鏡による検査が必要になることも多いです。また、膵臓は体の深部にあり腸管ガスがかぶるため、エコーでは十分に観察できないことも多く、膵臓の病気では腸管ガスの影響なく評価ができるCTなどの検査が診断に必要になることもあります。一方、尿管結石や帯状疱疹、心筋梗塞や動脈解離、動脈瘤破裂など、消化管や消化器の以外の病気が原因で起こる腹痛に関しては、それぞれ専門の泌尿器科や皮膚科、循環器内科や心臓血管外科などの専門医による正確な診断と専門的な治療が必要になります。
上腹部痛を起こす病気の治療
上腹部痛を引き起こす病気は多岐にわたり、治療法はそれぞれの原因疾患により異なります。逆流性食道炎や胃炎や十二指腸炎、胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの胃酸分泌に伴い生じる病気では、多くの場合には制酸剤内服などによる保存的治療で改善することが多いものの、胃や十二指腸の壁に穴があく穿孔性の胃潰瘍や十二指腸潰瘍では開腹手術による外科的治療が多くの場合に必要になります。感染性胃腸炎などの消化管の感染性疾患では、整腸剤や胃薬、制吐剤などの内服治療で改善することも多いものの、一部の細菌や寄生虫の感染では抗生剤の使用が必要になることもあります。また、胃アニサキス症では内視鏡で虫体を摘出することで、自覚症状が比較的すみやかに改善することもあります。腸閉塞の場合、癒着性の腸閉塞では鼻から小腸にイレウス管と呼ばれる管を挿入して腸液を排出し、一時的な絶食と点滴を行う保存的治療で改善することもあるものの、保存的治療で改善が見られない場合や血流障害を伴う腸閉塞では外科的手術が選択されます。憩室炎や虚血性大腸炎では一時的な絶食や抗生剤投与などによる保存的な治療で改善することが多いものの、高度炎症のため腸管穿孔をきたすと外科的な手術が必要になります。また便秘症や過敏性腸症候群では器質的な異常は見られず、生活習慣の改善や内服薬の調節などによる治療を行うことになります。腹腔内の悪性腫瘍では、各種検査により病気の進行度を適切に評価し、患者さんの全身状態なども考慮して最善の治療法を選択する必要があります。胆石症や胆嚢炎、急性膵炎では絶食+点滴+抗生剤投与などによる保存的な治療が行われることもありますが、胆嚢疾患では外科的手術が行われることもあり、また急性膵炎では重症化すると専門病院での集中治療が必要になることもあります。帯状疱疹では、皮疹が出現すればできるだけ早期に抗ウイルス薬を投与し治療を開始することが必要です。心筋梗塞や動脈乖離や動脈瘤破裂などの心血管系の病気による腹痛の場合、循環器内科や心臓血管外科などの専門医への受診が必要になり、カテーテルによる検査や治療、手術などの専門的な治療が行われます。